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高尾善希の「忍び」働き

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巻の四 『忍者の末裔』出版始末

三重大学国際忍者研究センター 准教授 高尾 善希

 古文書講座でもやってみますか?

 私にとって転機であったのは、2017年1月の『忍者の末裔 江戸城に勤めた伊賀者たち』(KADOKAWA)の出版です。それが三重大学にお世話になるきっかけとなりました(当時43歳)。今回はその出版始末をご紹介したいと思いますが、話すと長くなります。

 博士号取得後の私の生活は、けっして楽なものではありませんでした。東京都町田市にある妻の実家に、私と妻と子どもも4人と義母の7人暮らしをしていましたから、稼いだ分だけ、そのまま生活費などに消えていきました。当然、東京都公文書館史料編さん係の非常勤職員としての勤務だけでは、収入が足りませんから、講師業や執筆業などもして、多角経営をしていましたが、それでも安定的に生活することはできません。確定申告のとき、職員のひとから「もっとしっかりとしたお仕事の方が……」と言われるほどでした。

 そんななか、2005年(いまから16年前)のあるとき、東京都の同僚である都市史研究者の小林信也さんが、昼休み中に私にあるアイデアをもちかけてきました。

 当時の私は『江戸時代研究の休み時間』というブログを運営していました。私なりに、長い文章をまじめに書いていました。当時、文系研究者による本格的なブログは、数が少なかったので、かなりのアクセス数があって、たとえば、滝田誠一郎『50代にもよくわかる「ブログ」入門』(ベスト新書)という本にも紹介されるほどでした。

 頭のよくまわる東大卒の小林さんの提案は、ブログにそんなにアクセス数があるのなら、ブログに格安の古文書講座の案内記事を掲載しちゃえば、お客さんがくるんじゃない?  ということでした。お釣りの計算も面倒にならないように、講座参加料は1回500円とし、事前申し込みなし、という条件としました。講座の題は「ワン・コイン古文書講座」としました。

 はじめどれだけのお客さんが来るのか、半信半疑でしたが、ふたをあけてみると、多いときでは60人ほどの受講者に恵まれました。多くの生徒さんが来てくれれば、500円の参加料であっても、かなりの収入になるのです。講座の会場として使ったのは、最初は大学の講義室でしたが、参加者が多くなってからは、神奈川県の公民館の部屋にしました。

 最初はいたずら心ではじめたこの講座ですが、受講生が定着し、だんだん経営が安定して、コロナ禍前まで継続させることができました。

 『忍者の末裔』出版まで

高尾善希著『忍者の末裔 江戸城に勤めた伊賀者たち』(KADOKAWA)

 じつは、この「ワン・コイン古文書講座」と『忍者の末裔』出版とは、関係があります。

 この講座に、松下さんという会社をリタイアされた男性がいらっしゃいました。この方が講座の懇親会のときに「私、忍者の子孫なんです」と仰るのです。自分の家に古文書があって、それを読みたいから参加したのだ、とも仰います。懇親会ですし、しかもお酒が入っているときで、松下さんには失礼ながら、真面目な話じゃあない、冗談だろうなあ、くらいに思っていました。しかし、せっかくお話をしていただきましたから、じゃあ、いちどその古文書を拝見いたしましょうか、ということになりました。

 松下家文書を拝見したのは2011年3月3日で、いまからちょうど10年前のことです。はじめてみて、驚きました。それまでは忍者の知識などはゼロです。江戸城に伊賀者という職制があることは知っていましたが、具体的に何をする人びとなのか、まったく知りませんでした。

 松下家文書の内容は、すばらしいものでした。伊賀者は将軍に拝謁を許されない御家人の身分なのですが、帳もの(冊子仕立てのもの)39点、状もの8点ほどながら、御家人身分の史料がこれだけまとまって出てくることは珍しいことと言わねばなりません。だから、私は、忍者の史料というより、御家人の史料としてみていたわけです。

 その5年後、2016年4月に、幸か不幸か武蔵野市の学芸員を辞めて失職し、松下家文書の本格調査を着手します。5年もほったらかしにしたのは、私の怠慢によるものですが、ほかの仕事が多くて手がつけられなかった、ということもあります。調査と同時に原稿執筆に着手し、版元はKADOKAWAに決まり、編集担当は麻田江里子さんにお頼みしました。どうしてKADOKAWAなのかというと、同社は近年、忍者関係の書籍にちからを入れるようになっていたからです。三重大学の山田雄司先生による『忍者の歴史』も、KADOKAWAの出版で、同じく麻田さんが編集担当でした。

 麻田さんはのんびりとした優しい感じの女性で、執筆の打ち合わせの中で、いきなり本題には入らず、ご自分のお好きなラグビーの話をなさっていました。のんびりと仕事をしたい私は、このひととならお仕事ができるな、と思ったものです。

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