Shinobi Hataraki by Yoshiki Takao

高尾善希の「忍び」働き

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巻の五 人生は修行だ

三重大学国際忍者研究センター 准教授 高尾 善希        

絶体絶命のピンチ

 辞書で「食べる」という言葉をひくと、だいたい、ふたつの意味が出てくるでしょう。ひとつは、「物を口に入れて食べる」という意味。もうひとつは、「ふつうの生活レベルを維持する」という意味です。私の場合、前者の意味での「食べる」すら、維持できなくなったことがありました。

 2013年3月に、東京都公文書館史料編さん係の職を辞しました。これは、なにか職場でしくじったわけではなく、非常勤職の身分でしたから、単に任期切れをおこしただけでした。「任期が切れたから辞めろ」というわけですが、家族6人を抱えた私は困ってしまいます。ほかに、2015年6月から2016年3月まで、武蔵野市立武蔵野ふるさと歴史館に嘱託学芸員として勤務していましたが、それを除けば、非常勤職も嘱託職もない「フリー」研究者であった期間が41カ月、約3カ年半ありました。その間は大学の非常勤講師の仕事や講演・執筆などだけでしのぎました。それでも、私含めて一家7人なんとか生活できたのですから不思議です。

 私が東京宅に住んでいた時分、妻から与えられたお小遣いは、月に5万円と決まっていました。そこから、研究のための書籍代や調査費のみならず、仕事のために必要な交通費や食費も出していました。だから、仕事に精進すればするほど、自分の財布が寂しくなりました。食べるものがないと、値段の安い牛丼屋で粘りました。腹が減ると、元気もなくなり、考えるちからも失せていき、仕事どころではありませんでした。

 

「家から出ていけ」

 前述の、武蔵野ふるさと歴史館における嘱託学芸員としての勤務歴は、1年にも満たない短い期間です。上司と折があわずクビになり、労働組合に入って武蔵野市と派手に争ったからです(ちなみに、現在も私は武蔵野市と和解していません。しかし、なぜか武蔵野市から忍者研究の講演に招待されたことがあり、それはちょっとした笑話です)。

 その件で「立場が弱いというのは悲しいことだ」と痛感して、武蔵野市の職を離れた2016年4月から、徳川幕府伊賀者松下家文書の研究に打ち込みました。忍者研究をはじめたきっかけは、職場のトラブルが原因だったわけです。つまり、私にとっては、「忍者=下級武士」であり、自分自身の境遇に重ねていたのです。それでも、私は自分の歴史研究を諦めることはできませんでした。たくさん文章を書いて、華々しく討ち死にしようと思っていました。

 しかし、私が文章を書き始めたとはいえ、妻は心配でなりません。私が無職だから家の収入はありません。預金通帳の額もどんどん減っていきます。書き始めた当時は、KADOKAWAからの出版は決まっておらず、印税のあてもありません。

加藤退祐(私の曽祖父[筆者蔵])

 「忍者本を書いている」という私の言葉を聞いた妻は、その言葉が浮ついて聞こえたのでしょう、「冗談じゃないよ」ということになります。ついに私に「家から出ていけ」と言って、私を家から追い出してしまったのです。そこで私は、仕事ばかりか家すらもなくなりました。妻もきっと私の目を覚まそうと思って必死だったのでしょう。その間、私は松下家文書のデータとパソコンを持って放浪して、なんとか執筆を続けていました。

 その放浪期間が、2カ月ほどあったでしょうか、事情があって帰宅することが許されると、さらに執筆を続け『忍者の末裔 江戸城に勤めた伊賀者たち』(KADOKAWA)が出版されました。運よく、磯田道史さんによるその本の書評が『毎日新聞』に掲載されて、2017年7月の三重大学国際忍者研究センターの准教授の公募にも嵌(は)まって、就職することができました。妻からは「あなたは運だけで生きている」と言われました。

 私が放浪していた時分、手帳に忍ばせていたのは、曽祖父の写真でした。加藤退祐というひとです。三重県師範学校の卒業生で、三重県の尋常小学校の訓導(教員)などをしており、数え32歳、結核で亡くなっています。歴史的には無名のひとです。……会ったこともない曽祖父ですが、彼も国史(現在でいう日本史)専攻でしたから、私も親近感を抱いていたので、なんだかこういうときは助けてくれそうな気がしたのです。「溺れる者は藁をもすがる」というわけです。

 その三重県師範学校は現在の三重大学教育学部。はからずも、その三重大学に赴任するのですから、曽祖父のご利益でしょう。三重大学への着任後は、まさにその退祐の住んでいた江戸期建築の家(旧加藤家、三重県四日市市)に住むことになりました。

 そのようなわけで、毎日、その家の仏壇に手を合わせています。

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