Shinobi Hataraki by Yoshiki Takao

高尾善希の「忍び」働き

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巻の三 忍者研究をはじめる以前

三重大学国際忍者研究センター 准教授 高尾 善希

 大学に入る

 私は子どもの頃から歴史の勉強が得意でした。小学校の卒業アルバムには「考古学者になりたい」という一文があります。ただし、考古学が何なのかは、当時の私は知らなかったと思います。

 なぜ歴史なのかというと、子どもの頃から、ある種の厭世観があったからです。第二次ベビーブーム世代間に色濃くあった(あったと思っていた)「重苦しさ」、たとえば、勉強の出来による階層社会、おとなによる理不尽な管理教育、金もうけの物質中心主義が、私の肌に馴染まず、その逃げ口として、歴史の本を読んでいたと思います。歴史で描かれている時代は、いまの世の中とはいちおう切れていますから、ぶらぶら散歩していても、気が楽なのです。

 親からもらっていたお小遣いは、ほとんど本の代金として消えていきました。高校受験のときなどは、親に本棚の扉を目張りされてしまって、弱りました。歴史の本を読むと、いやなことを忘れることができました。

 私は勉強が苦手でしたから、歴史の研究くらいしかできなかったと思います。1993年に、古文書を重点的に勉強するため、立正大学文学部史学科に入学しました(19歳)。当時は、史学科はけっこうな倍率で(実質倍率が40倍)、その中の友人たちにはかわったひとが多く、私同様に研究者になったひともいます。

 その史学科というのは、どういうことをするのか。歴史学を勉強する学科ですが、私の日本史専攻では、昔のひとが書いたもの、いわゆる原典を読むのです。徹底的に原典に帰って、もの(歴史)を考えるのです。それが面白くてしょうがない。その原典は、もちろんくずし字です。このくずし字解読の世界に引き込まれました。年6回、古文書調査サークルで、古文書を読むための合宿をやりました(旧家から古文書をお借りして、近くの宿でそれらを読むのです)。そこでは、夜中の3時まで古文書を読み耽りました。

 こうして、くずし字解読による、ひとつずつ誰も知らなかった小さな事実を地道に積み上げていく作業が、私のライフ・ワークになったのです。

 就職から忍者との出会いまで

 大学学部からの専門は、近世(徳川時代)の村落史でした。村に住んでいた百姓身分の人びとの生活や政治的環境を分析する分野です。社会経済史というか、民衆史というか、地域史というか、いろいろな呼び方があります。

 大学4年生のときの教育実習で、母校(高校)に伺ったら、指導してくださった先生から「君は戦争とかが好きなんだろう?」と言われました。その先生からすれば「歴史が好きなひと=戦争が好きなひと」という印象なのかもしれません。忍者は忍びという戦い方をしますけれど、私の研究歴からすれば、忍者研究はだいぶ後発の分野で、私の専門はもともと村落史。当時、マルクス主義歴史学はだいぶ低調になっていましたけれど、「社会経済史研究が歴史学の花形である」という風潮がありましたから、私もそれに強く影響されていたわけなのです。もちろん、戦争や権力も重要ですが、どちらかといえば、無名の人びとの経済や生活ぶりの中に、歴史の原動力を探ろうとしていました。

 そして、私は立正大学の大学院に進学します(修士課程1年生、23歳)。弟の高尾紳路は、彼が中学生の頃、囲碁棋士になっていました。いまでいうと「中学生棋士」といえば藤井聡太さんでしょう。紳路は高校にも進学しませんでしたから、紳路にはあまり学費がかかっていない。そのため、親は私の進学を許したのです。しかし、理系畑で建築士でもある父は、私が文系の研究者になることに反対していました。「飯が食えない」というのです。

私の講座のときに行った古文書展示(高尾個人蔵の古文書)

 博士後期課程のときに結婚をして(25歳)、その5年後、博士論文をまとめました(30歳、論題「近世後期百姓の社会史的研究―百姓の社会関係と地域秩序―」)。博士号はとったものの……、さてどうしよう。ご存じの方はご存じと思いますが、父の言を俟つまでもなく、文系の研究者の就職は厳しいのです。

 もっとも、正規就職は難しいのですが、博士号をとる1年前の2003年、東京都公文書館史料編さん係の非常勤職に就いています。以後10年間、都職として、明治時代から続く江戸東京に関する史料集『東京市史稿』の編さんに従事しました。「朝から夕まで、ただ下を向いてくずし字を読んでおればよし」という、まことにのんびりとした仕事でした。そのかたわら、大学の非常勤講師業や講演業・執筆業に勤しみました。

 この職員時代に、忍者の史料を発見することになります。それは、次回以降にお話しすることにいたしましょう。

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