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巻の四十 くノ一について
三重大学人文学部准教授(三重大学国際忍者研究センター担当教員)高尾善希
歴史の中の女性
歴史の中に女性はいるか? これは歴史学の中でおおきな問題です。当然、人間社会の半分は女性なのですから、人間の数ということを正直に反映させるならば、たとえば、教科書の記述中の半分は、女性の事柄で埋めなければなりません。しかし、性別による権力者の数の違いや、それが原因となる女性関係の史料の少なさなどから、そうはなっていません。女性の権力者はいるにはいるのです。邪馬台国の卑弥呼や、鎌倉幕府の北条政子や、室町幕府の日野富子もいます。また、権力者のみならず、文学者では、「源氏物語」を執筆した紫式部や、近代文学では樋口一葉や与謝野晶子もいます。しかし、目一杯、女性を並べてみても、教科書の記述中の半分という努力目標には、なかなか到達しないというのが現状でしょう。
忍者学を学んでいる女性の大学院生と、教科書の記述中の半分を女性にするとしたならば、どのような教科書になりえるだろうか? ということを、思考実験の“遊び”として、話し合ったことがあります。登場候補者として、あまり著名ではない女性もあげてみました。しかし、その大学院生本人が女性ですけれども、それでも、そのような作業仮説に、あまりピンとこない、というご様子でした。あまり現実感がないからかもしれません。
女性の忍者はいたのか?
男性の忍者と同じように活動する、女性の忍者はいたのでしょうか。
それは、皆さんが想像するくノ一というものだと思います。そのような者は、史料上、確認できておりません。このようなくノ一が、映画・テレビ・漫画などにおいて、当たり前に登場するようになるのは、女性が男性とおなじ職場で働くようになる高度経済成長期以降のことだそうです。「いまの女性は、男性と同じように働いているのだから、女性の忍者だって男性と同じように“働かせよう”」というわけなのです。つまり、その意味では、くノ一は著しく現代社会の産物ということになりましょう。
ただし、史料中、女性戦闘員や女性の武家当主、女性の城主などは、少ないながらも存在しているようです。軍記物ながらも、源義仲の妾、巴御前がいますね。彼女が非実在であったとしても、軍陣に女性がいたということの反映であるかもしれません。そう考えるならば、女性の忍者の存在も、一概に排除することはできません。
一方、史料中に「くノ一」という女性が登場しています。言うまでもなく、この「くノ一」というのは、「女」という漢字を分解して、このように称します。これは、忍術書「万川集海」の「久(く)ノ一ノ術ノ事」という章に出ております。
しかし、それは前述のくノ一とは異なり、敵方の屋敷の奥女中として中に潜入して、情報を収集したり、外から味方の忍者(男性)の手引きをしたりする者のことです。これでは、女性の忍者とはいえません。しかし、この史料中の「くノ一」が、前述のくノ一のヒントにはなっているのだと思います。
武家社会における「表」と「奥」
前述、「万川集海」の「久(く)ノ一ノ術ノ事」では、敵方屋敷の奥女中として潜入し、奥方をうまく騙して味方の忍者(男性)を導き入れるという特殊な手法について、書かれています。そもそも、奥女中が出入りする武家屋敷における「奥」とは、何でしょうか。
武家屋敷は、「表」と「奥」とに分かれています。「表」が儀礼をしたり接客をしたりする空間で、「奥」はプライベート・エリアです。「奥」で武家の家族が私的生活を営みます。規模の大きい江戸城や諸藩の御殿では、この「奥」は、さらに“奥”と“大奥”のふたつに分かれます。いずれにしましても、「奥」は、プライベート・エリアであるがゆえに、外部に対しては、秘匿性の高い空間である、といえます。……そのような場所は、女性などしか入ることができない、と考えられます。そこで、「くノ一」が登場する必然性があるわけです。
男性と女性の区別(むろん差別も含む)が截然(せつぜん)としていた前近代であるからこそ、女性なりの役割が与えられた「くノ一」が必要とされたわけです。
「万川集海」の「久(く)ノ一ノ術ノ事」(国立公文書館所蔵)