Shinobi Hataraki by Yoshiki Takao

高尾善希の「忍び」働き

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巻の二十二 忍術書をどう読むか

三重大学人文学部准教授(三重大学国際忍者研究センター担当教員)高尾善希 

忍術というもの

 史実の忍術というのは、どう理解したらよいのでしょうか。漫画や映画でよくみるような「印を結んでドロン」で姿が消える、というイメージは、一般的に流布していますが、さすがに、だいの大人で、それを史実のものとして信じるひとはいないでしょう。ただ、子どもの頃にそれを信じたという方、それを懐かしいと感じる方もいるでしょう。

 忍術は一般に「忍術書」と称される史料に書かれています。そこに書かれている忍術とは、どのようなものだったのでしょうか。

忍び込む術は安全に

 忍者は、漫画や映画では、城や屋敷に忍び込む場合、石垣や塀を乗り越えるなど、派手で華麗な方法で忍び込みます。しかし、史実の場合はどうでしょう。彼らも、現代風にいえば、定年退職までしっかり忍者として勤めなければならないのですから、(見栄えはいいかもしれませんが)いつもそうやって侵入するわけにもいかず、より安全な方法で忍び込む方が望ましい、ということもあるでしょう。

 また、「取得したい情報」と「取得するのにかけた労力」の天秤が、うまく見合うのか? という視点も必要です。たとえば、苦心惨憺、せっかく城に忍び込み、床下に侵入したはいいものの、こっそり聞き取った敵方の話がくだらない話ばかりで、欲しい情報とはほど遠い……、という残念なこともありそうです。

 忍び込むのに、楽であればそれに越したことはありませんし、単なる漠然とした敵の観察に対して、あえて危険を犯すというのも、馬鹿らしいことです。

  忍術書には、安全に忍び込む方法も書かれていて、たとえば、手順としては、①忍び込みたい屋敷の門前で、腹痛で苦しむ演技をする、②屋敷の中で介抱される、③屋敷の中に知人を得る、④屋敷の内情を探る、という方法もある(『正忍記』)し、あるいは、女性を使って敵方の屋敷に奉公させて、彼女を通じて内部から撹乱させる(『万川集海』)、ということも書かれています。いずれも、方法は簡便で、効果が大きいわけです。忍び込むことさえできれば、塀や石垣を登らずに済むのであれば、それにこしたことはないのです。例示した通り、敵を騙すというのが、危険が少ないのではないでしょうか。プロであれば、危険が少なく効果が大きい手段を選択するでしょう。

ひとの話を聞き取るには

 ひとの話を聞き取るには、どうしたらよいでしょう。忍者の異称で「奪口(だっこう)」というのがあります。その土地の喋り方を真似することから、そのように呼ばれたのだそうです。その名称からわかるように、忍者の仕事として、聞き込みをすることは、とても大事な仕事であったのでしょう。

 忍術書『正忍記』には「七方出(しちほうで)」ということが書かれており、①虚無僧・②出家・③山伏・④商人・⑤放下師(ほうかし)(大道芸人)・⑥猿楽(役者)・⑦常の形(なり)、の七つの風体で、他の地域の様子を聞いてまわれ、とあります。⑦以外は、諸国をめぐる職業で、よそから来たとしても怪しまれない人びとです。逆に、村や町に訪れる人びとは、だいたいこれらの人びとが相場だったことがわかります。

 また、ひとの話を聞き出しやすい場として、「太平記読み」とか、「浄瑠璃」の周りなどがあげられています(『当流奪口忍之巻註』)。昔のくらしが彷彿とするくだりです。見方によっては、忍術書が生活史のよい史料にもみえてきます。

 忍者といっても、刀を抜いて切り合ったり、飛び上がったり、走ったり、派手に立ちまわるだけが仕事ではなくて、地道な仕事も多かっただろうと考えられます。それは、忍者がプロの仕事であればあるほど、そういう類の仕事が多くなって当然でしょう。我々が普通に考えればわかることで、そのことによって、フィクションの忍者と史実の忍者を分けて考えることができます。

 忍術書で史実の忍者を考えることは、彼らをフィクションで出てくるようなスーパーマンなどの超人としてみるのではなくて、等身大の人間としてみることにも繋がるのです。

忍術書『万川集海』(国立公文書館所蔵)

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