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社会福祉法人 維雅幸育会 統括管理者 奥西利江さん

障がい者の就労支援に尽力 藍綬褒章受賞

利用者の就労支援を続けて30数年 一人のスタートから法人化、事業拡大へ

「一緒に活動してきた皆さんを代表しての受賞。私個人ではなく、活動そのものを評価していただいたと受け止めています」と喜びを語るのは、今秋の褒章、藍綬褒章を受賞した社会福祉法人 維雅幸育会 統括管理者の奥西利江さん(59)。

 佛教大学社会学部社会福祉学科卒業後、障害児入所施設に保育士として勤務。「施設の子どもたちは大人になっても働く場所がない」と問題意識を持った。1988年には障がい者が働く場として、小規模作業所「上野ひまわり共同作業所」を開設。無認可で職員は奥西さん一人でスタートし、運営資金は休日にアルバイトをしながら捻出していた。利用者や職員は増えていったが、施設に対する理解が得られないことも多く、4度の移転を経験。ボランティアの限界を感じ、1994年に「社会福祉法人 維雅幸育会」を創設した。1995年には知的障害者通所授産施設を開設。その後も伊勢志摩サミットの茶菓子に採用されたサブレなどを作るパン工房「ふっくりあモォンマール」など、就労の場を拡大。デイセンター、グループホームなど、障がい者の年代に応じた生活を支援する事業も展開している。

 一つの大きな節目だった法人化は、多くの方の協力があったからこそ実現できたと振り返る。一人は元伊賀市長の今岡睦之氏(同法人現理事長)だ。議員時代から何度も視察に訪れ、障がい者の就労支援の大切さを肌で感じ、法人化を支援。地元出身の故前田維氏(同法人初代理事長)もその一人。法人化に必要な多額の運営資金を出資してくれた。また、上野西小学校の児童による署名活動も後押しのきっかけとなった。「今岡理事長も初代の前田理事長も『法人化はこの地域の未来のためのバックアップ。人材育成のための活動として大きく発展させてください』と口をそろえて言った言葉は、今でも忘れられません」と奥西さんは当時を振り返る。

令和3年11月24日 アスト津(三重県津市)で行われた伝達式でのスナップ。奥西さん(右)は褒章を胸に付け、同僚の西口幸子さんは章記を手に持っている。

伊勢志摩サミットの茶菓子に採用されたサブレ「伊賀の飛猿」。伊賀地域の優れた産品として、伊賀ブランド「IGAMONO」にも認定されている。

利用者が企業の中で働く「施設外就労」で工賃アップ 社会との関わりが自身への成長に

 奥西さんが特に力を注いできた活動の一つが就労支援だ。そのきっかけとなったのは利用者のある言葉だった。「作業所開設時は内職のような作業が中心で、工賃はごくわずかでした。ある利用者の方が『たばことコーヒーが毎日楽しめるくらいの工賃を自分で稼ぎたい』と話したんです。また別の方は『パートナーを見つけて自立するのが夢』と話し、その要望に応えたいと思ったのが、就労支援を推し進めるきっかけとなりました」と奥西さんは話す。

 高工賃実現に向けて取り組んだのが「施設外就労」だ。企業と同法人が直接請負契約を結び、請負作業をその企業内で行って支払われる報酬の中から、利用者に工賃が支払われる仕組み。これにより、全国平均を大きく上回る、月額平均6万円を超える高工賃を実現している。

 主な作業は商品の箱詰めやラベル貼りなどで、利用者とともに職員がラインに入り、サポートしながら作業を行う。現在は、市内の大手企業5社と契約を結び、利用者40名と職員約20名が毎日施設外就労に励んでいる。請負を始めた当初は、職員の大半が一般企業での就労が初めてだったこともあり、失敗を指摘されたり、期日を守るために残業したこともあった。しかし、発注側の企業にノウハウを教わり、飛躍的に効率がアップ。失敗もなくなったという。「利用者さんは企業でのライン作業に入ると、よい緊張感と刺激が生まれて、普段より力を発揮する方が多い。中には能力を認めていただき、社員に起用された方もいます。休日にスーパーで企業の方に挨拶していただくこともあり、企業に入って働くことが社会の一員としての自覚や喜びに繋がっていると思います」と奥西さんは話す。

 施設外就労の取り組みを広げるために、名張育成会とも連携。同一企業内で障がい者支援を行う2つの事業所が、同時に業務に取り組むケースは珍しく、地域間の連携活動が県から高い評価を受け「M・I・Eモデル」として全国に推進されている。

開設当時(1988)の上野ひまわり作業所(三重県上野市小田町)

施設外就労の拠点である「びいはいぶ」(三重県伊賀市菖蒲池)

人生の選択肢を広げる学びの場を令和4年春に開設

 就労支援を続けていく一方で、奥西さんはいつしか「就労環境は整ってきたが、利用者が主体的に自分の人生を生きていることに繋がっているのだろうか」と疑問を持つようになった。そこで次のステップとして、令和4年の春に伊賀市内で、障がい者のための学びの場を開設する準備をすすめている。若い世代を中心に、教育や訓練、社会体験が受けられ、人生の選択肢を広げるきっかけづくりの場となる、専門学校のような施設になる予定だ。

 走り続けて30年、その原動力について尋ねると「これまで多くの苦労もありましたが、尊敬できるような方との出会いもたくさんありました。利用者さんや職員、企業の方など、いろいろな方と出会えた喜びが、私の原動力になっていると思います。これからは、次の世代に仕事を譲りながら縁の下の力持ちになって、ずっと活動をサポートしていきたいですね」と穏やかな笑顔で語ってくれた。

取材日:2021年11月

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