第7回 『まきびし』

 
忍者の聖地 伊賀

第7回 『まきびし』

三重大学人文学部 教授 山田 雄司

 この夏、小学生の子どもをもつお母さんからメールがあり、そのお子さんは保育園の頃から将来忍者になりたいという夢を持っていて、夏休みの自由研究として、ぜひ本格的な鉄のまきびしを作りたいとの相談であった。

 忍者の道具のひとつとして、まきびしはよく知られており、マンガ等にもしばしば登場するほか、実際忍術書にも記述がある。まきびしには、鉄製・竹製のものなどがあり、侵入する際あらかじめ出口に撒いておき、敵が追いかけてきたときに自分はまきびしがあるのを知っているので飛び越えて逃げることができるが、敵は知らないのでそれを踏んでしまい、痛がっている間に逃げるというように使用されたようである。

 忍術書の中にまきびしの記述を探してみると、名古屋の蓬左文庫所蔵『用間加條伝目口義』「菱結配様之事」には以下のように記されている。

ヒシハ鉄ニ制シ、皮袋ヘイレテ持行テ、帰リニ若追カケラレント思トキニ蒔捨テカエル也、口伝、
急ナルハ竹ノ跡先キリソキニ同竹釘ヲ十文字ニ打テ用ルナリ、口伝、釘ハ少シ炒ルナリ、
又、丸キ板ニ鉄釘ヲ三本ツヽ前後打チカヘテモ用ルナリ、此釘ハ一ヘン赤ミソ付テ焼テミカキタテヽ用ユ、口伝、
配様ノ心得ハ蒔ステタル時、敵来リニクケレハ、我モ行事ナラサルナリ、然ルアイタ我ハ決シテ不行処ナラハ蒔ヘシ、口伝、

 また『忍秘伝』「蒔菱之事」にも、

家内ニ忍入テ人ヲ出ルヲ防キ、我退クニ便ヲ成スニ是ヲ用ルトキ、鉄ヲ以テモ作リ、又竹ヲ以テモ作ル、

のように記されている。

まきびしの図 『忍秘伝』 写真

まきびしの図 『忍秘伝』

 まきびしは忍者特有の道具のように思われているが、実は古代ローマや古代中国においても武器として使用されたことが確認できる。2013年6月、モンゴルで忍者講座を開催した際、ウランバートルにあるモンゴル国立博物館を訪れたが、モンゴル帝国が築かれた際使用した武器のひとつとしてまきびしが展示されていた。しかし、これらのまきびしは、馬や車の突進を妨げるために使用するものであり、忍者による使用法とは異なっていると言えよう。

 日本ではまきびしがいつから使用されたのか、忍者が初めて使用したのか等、全くわかっていない。古代から使用されていたのか、中国古代の史書を参考に使用するようになったのか、蒙古軍が日本に攻めてきたときに使用したことを参考にして鎌倉時代以来日本で使われるようになったのか、それともまったく独自に思いつくに至ったのか、今後研究していきたい。

 現在まきびしを簡単に作ろうとしたらどのようにしたらよいか、伊賀流忍者博物館で忍者ショーを行っている阿修羅の頭、浮田半蔵さんに尋ねたところ、有刺鉄線の刺の部分を切ってそれを火であぶって高温にし、機械油に浸せば、黒くて使用にも耐えるまきびしを作ることができると教えてくれた。

 何事も頭の中で考えることと、実際に行うこととは違っており、まきびしひとつ作るにしても、いざ作ってみるとなるとどのようにしたらよいか戸惑ってしまう。冒頭で紹介したお母さんには詳細に説明したつもりだが、果たしてうまく作ることができただろうか。忍者の道具を再現することによって、また新たな発見があるかもしれない。

 

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