伊賀出身の松尾芭蕉はしばしば月見の句会を開き名月を愛でました。 元禄七年(1694)の7月、最晩年51歳の芭蕉翁は伊賀上野に帰省します。その際、伊賀の門人らが合財して無名庵(むみょうあん)という新しい庵を芭蕉翁に贈りました。 芭蕉翁は新庵の礼と披露を兼ね、その年の中秋の名月の夜に月見の宴を催します。料理好きだった芭蕉翁は、この宴でみずから献立「八月十五夜」を作り、門人をもてなしました。
この時芭蕉翁は次の3句を詠んでいます。

空には、八月十五日の名月が輝いている。
だが向こうの山の麓の辺りには霧がかかり、さらに田のほうにまで流れてきて、うっすらと曇って見える。静かな名月の夜である。

八月十五日の名月のこの夜、明るい月光が地上に降りそそいでいる。
綿畑の続いている辺り、畑の綿は実がはじけて白い絮(わた)が見えているが、月光に照らされて綿の花が咲き続いているように見えることだ。

今宵の仲秋の名月を、あの吉野山では(古歌にあるように)誰が眺めているであろうか。
この伊賀上野からは十六里も離れているので山伏ならぬ身の行くよしもないが、
ここの月光も吉野と同じように美しく、あれを思い、これを感じながら名月を賞することだ。
さて、芭蕉翁がもてなした月見の献立がこちら。 イモ類やキノコ類が多く、伊賀の山の幸をふんだんに使用しています。
用語解説
※ のっぺい・・・たくさんの具を用いた煮物。
※ 中ちょく・・・酒の猪口(ちょく)より大きめで、やや深くて小さい陶器。
※ もみふり・・・現在の「きゅうりもみ」ではないかと考えられる。
※ しぼり汁・・・現在の「とろろ汁」ではないかと考えられる。
※ とりざかな・・・一つの器に盛って出す酒の肴。
※ くわし かき・・ここでは柿のこと。