第13回 対話術

 
忍者の聖地 伊賀

第13回 対話術

三重大学人文学部 教授 山田 雄司

 忍術書には現代人にとっても役立つことが数多く書かれている。例えば人と話すときの方法について、『正忍記』には以下のように記されている。

人に理を尽くさする習いの事。是は人を賢くして、己はうつけとなるの理をいえり。仮初めにももうすまじきは、己が利口と申し伝え侍るなり。

 これを現代語訳すると以下のようになる。人に理を尽くさせるということは、人を持ち上げて、自分は愚かな者となる道理のことを言う。決してしてはならないのは、自分が利口であると思わせる行動をとることである。

 これに引き続き、さらに次のように書かれている。

人に理を尽くさせるということは、自分はまぬけで物の道理をもわきまえない様子で、人に理のあることを言わせて、なるほど道理ですねと感心してみせれば、相手は必ず先にいい気分になって、自慢をするようになるものである。その時に相手が秘密にしていることの兆しが注意して見れば見つかるものである。それを取り出して、たたみかけて質問していくと、相手はそこから逃れることができずに必ず弱くなるのである。人は皆利口であるように見せたいので、まずはそのようにさせるのが大事である。

 忍びはいかにして相手の心の中に入り込むかが重要となってくる。そして相手の心を自在に操って、相手が秘密にしている情報を聞き出す。人はしばしば自分の方が相手より優っていると思いがちだが、そうしたことが言葉の端々に出てしまうと相手は気分を害して口を閉ざしてしまう。自分は少し抜けたうつけ者であるかのふりをして相手を奉ることによって、相手はいい気分となり口も軽くなるのである。そして、注意深く聞いていると、相手が秘密にしていることの断片が漏れ聞こえてくるので、そこを逃さずにたたみかけるように聞いていけば、相手は逃れることができずに秘密を漏らしてしまうと書かれている。とにかく、相手を気持ちよく上機嫌にさせることが、対話術においては重要である。

『正忍記』(中島篤巳氏所蔵)

『正忍記』(中島篤巳氏所蔵)

 『正忍記』にはさらに以下のように記されている。

能く忍びえたるものは、見分けは随分うつけたる躰なりと云。ただ、人に車をかけると云て、よくのせて、何事に寄らず常にたかぶらせ置く事、法なり。いとかしこきおしえなりと心得べき事なり。

 忍びの上手たる者は、一見ずいぶん間抜けなように見える。ただ「人に車をかける」という言葉があるように、よく乗せて、何事でも常に自慢させておくことがうまいやり方である。とてもありがたい教えだと心得ておくべきである。さらに次のようなことも言っている。

自ら慎んで抑えなければならないのは、利口・利発である。内にたくわえておけば自分が賢いということを外に示したいときに、いつ何時でも自由に出すことができる。であるから、知識を蓄えておくことが肝要である。

 人はどうしても自分の知識をひけらかしたいものだが、それをぐっと抑えて相手を気持ちよくさせることが重要だという。それによって相手は調子に乗って自ら様々なことを話すようになるものである。「口車に乗せる」という慣用句があるが、自分はへりくだって、言葉巧みに相手を上機嫌にさせれば、相手を自由に操ることができるという教えである。

 中国語に「難得糊塗」という言葉があるが、これも同じことで、愚かなふりをすることは難しいという意味である。しかし、それができてこそ、人間関係を円滑にして自分の思いどおりに事を運べるようになるのである。

 

戻る