第9回 『忍者の用いた水術』

 
忍者の聖地 伊賀

第9回 『忍者の用いた水術』

三重大学人文学部 教授 山田 雄司

 三重大学では2012年より月1回、ハイトピア伊賀で「忍者・忍術学講座」を開催し、毎回100名ほどの皆さんにお出でいただき、好評を博している。各方面の研究者から興味深い話を聞くことができるので、私も楽しみにしている講座である。10月7日(土)は私が「忍術書に記される道具」と題して講演を行ったので、その概要を記して、忍者の技の一端をご紹介したい。

 忍術書『万川集海』には、忍びが用いる道具すなわち忍器として、登器、水器、開器、火器に分類して、さまざまな道具について絵とともにその製作法などが記されている。『万川集海』にはこの他にも、方角を知るための「きしゃく」や、小さな音を聞くための「聞き筒」などが記されているほか、『万川集海』には記されていない道具で、他の忍術書からしか知ることのできない忍器も数多くある。しかし、詳細な作り方や使用法が書いてない場合が多く、実際どのように用いられたのかよくわからない道具も多い。本講演ではそのうち水器に着目した。

水蜘蛛と水掻き(藤田西湖『忍術秘録』)

水蜘蛛と水掻き(藤田西湖『忍術秘録』)

 一般的に水蜘蛛という道具は、木製で両足に履いて水の上を歩く道具だと思われているが、それは甲賀流忍術十四世藤田西湖によって、水蜘蛛の中心部の板に鼻緒が付け加えられた絵が描かれて以降、そのように解釈されるようになったもので、実際にこれを使って水の上を歩くことはできない。伊賀研究拠点の先生がこのときの浮力を測定したが、体を支えて浮かせるための浮力には到底達しないとのことである。甲賀の里忍術村や戸隠のチビッ子忍者村では、水蜘蛛の下に発泡スチロールを付けるなどして浮くようにし、さらには池の上にロープを張って、それをたぐり寄せて対岸に行けるようにしているが、バランスをとるのが難しく、私はみごと池に落ちてずぶ濡れになった。

 水蜘蛛は実際には腰の周りに浮き輪のように使用する道具なようで、そのときには水掻きを足に履き、さらには浮き具を身につけて堀か川を渡ったものと思われる。その様子は大森正富著・歌川国芳画『武道芸術秘伝図会 砲術・士筒之部』で、武士が似通った道具を身につけていることから類推できよう。

 また、浮沓(うきぐつ)という道具もあった。名前に「沓」という漢字が付いているために、足に履く道具かと思いがちだが、そうではない。丸い浮き輪のような形や、四角い形などさまざまあり、身につける浮き具であった。そして、泥の上は橇(かんじき)を履いて歩いた。

 潜水のための道具もあった。忍術書『水鏡』には、刀の小尻に小さな穴をあけ、鯉口をくわえて息をすることが書かれていたり、『正忍記』には竹筒を用いて息をし、潜水すると書かれている。中島篤巳氏が『忍者を科学する』(洋泉社)で紹介した「息袋」(『窃盗之秘書』)には、皮で作った息袋を口にくわえて、鼻の穴にも管を入れるように記されているが、どちらもこのまま用いるのは困難で、さらなる道具と度重なる訓練が必要だと思われる。

 幕末には伊賀者が津の海岸で観海流の古式泳法を学んでいる史料や、熟達した忍術使いが名古屋城の濠に潜っている史料があることからも、忍びにとって水術は身につけておかねばならない術の一つだった。しかし、当然得手不得手があり、堀を渡るときには、泳ぎの上手い者がまずは縄を持って対岸に渡り、そこに縄をくくりつけて、後の者はその縄をつたって行くという方法も書かれている。相手の意表をつき、泳いだり潜水したりするのに用いる道具はさまざまに研究されたのだろう。水中にいるとき、上から攻撃されても大丈夫なようなヘルメットや、水中でも音を聞けるようにするための道具などもあり、忍者たちの探究心に敬服する。

 

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